ニワトリの卵はとても身近な食べ物ですが、それは本来、親鳥がヒヨコを孵すために産むものです。お店で売られている卵のほとんどはヒヨコになれない無精卵ですが、小さなタマゴ農園などでは有精卵が売られていることがあります。そういう卵をうまく温めるとヒヨコを孵すことができます。

 卵をあたためる温度はおよそ3738℃です。鳥の種類によって卵が孵るまでの日数が決まっていて、ウズラで17日、ニワトリで21日前後です。温めている間は毎日、卵を少しづつ回転させる転卵という作業が必要です。孵化の予定日になると卵の中から殻をつつく音やピヨピヨという鳴き声が聞こえ始め、やがて殻を割ってヒヨコが誕生します。

 

ニワトリの卵の成長を観察しよう ‐鶏胚の殻なし孵化‐

‐殻なし孵化の実験に向けた準備‐

 なるべく産みたての有精卵を入手するようにしましょう。保温を開始する前であれば有精卵は常温で保存できますが、30℃を超えると発生が始まるため、胚の状態がうまく把握できなくなります。気温が高い時期は運搬や保管中の温度が高くなりすぎないように適切に管理しましょう。

 

 まず殻のままの卵を38℃で55時間保温します。転卵は12から3回、1回あたり90120°の角度で行います。間隔が12時間を超えないようにしましょう。これはプレインキュベーションと呼ばれる過程です。これよりも短い時間、もしくは事前の保温なしで卵を人工容器に移した場合、ほとんどの胚が数日以内に死滅してしまいます。これは今の段階では卵の殻の役割をすべて人工的にな技術で置き換えることができないためです。技術が改善されればこの問題が解決されるかもしれません。ちなみに、この時間を超えると卵黄膜がとてももろくて破れやすくなるため、人工容器に移すことができなくなります。55時間に達したら速やかに人工容器に移す操作を行います。

 人工容器で鶏卵を孵化させる試みは数十年以上前から行われてきましたが、それが実際に実現したのはごく最近のことです。その最初の成功例が達成されたのは千葉県の生浜高校の生物部で、その快挙はテレビやメディアでも大きく取り上げられました。その成功に至るまでの数多くの研究は様々な研究報告として残されており、ウェブ上でも読むことができます。この実験で参考にした主な文献を以下に紹介しますので、より理解を深めたい方は読んでみることをお勧めします。

参考文献

 

 〇鶏受精卵の卵殻外発生:後藤ら Developmental Study of the Chic Embryo in vitro. Japan. Poult. Sci., 25:27-33,1988

 〇代用卵殻環境が培養鶏胚の発生に及ぼす影響:藤田ら J. Agric. Sci., Tokyo Univ. Agric., 52(2), 115-119 (2007)

  A Novel Shell-less Culture System for Chick Embryos Using a Plastic Film as Culture VesselsTaharaら J. Poult. Sci., 51:307-312,2014

 〇殻なし有精卵の人工孵化法:田原 https://astamuse.com/ja/published/JP/No/2014093972                    

 

準備するもの

 

有精卵、使い捨てのプラスチックカップ、フォーラップ50、乳酸カルシウム(粉末)、塩化ベンザルコニウム、シャーレ、コットン、フィルム成形用の構造物、計量カップ、エアーポンプ、酸素供給システム(酸素ボンベ、加湿レギュレータ等)、紫外線殺菌装置、滅菌水、他。

 フォーラップ50はポリメチルペンテン系の食品用ラップフィルムです。これは他のラップフィルムと比べると酸素透過度がとても高いのが特徴です。

 培養用の人工容器はドラッグストアで購入した使い捨てのプラスチックカップ(容量475mlくらい)を使いました。容器の縁をカットし、底から2pの高さのところに直径1.5pの穴をあけます。

 卵を移した後、容器に角度をつけてを回転させる必要があるので、ホワイトのマジックでマークになる番号を入れています。

 加工したプラスチック容器の中に、卵の受け皿となるベッドをラップフィルムで作ります。フィルムを30pの長さで切り、何か型になる構造物(右の写真は電球とペットボトルなどで作ったもの)の上においてテンションをかけます。フィルムが伸びる卵が収まるくぼみが作られます。このくぼみにしわができないように注意して、プラスチック容器にかぶせます。

 くぼみの底には乳酸カルシウムの粉末を0.3g入れ、その上に静かに滅菌水を3ml加えます。

 プラスチックのシャーレで蓋をして、容器全体を紫外線光で殺菌します。

(フィルムを伸ばした様子)

容器にかぶせて、余ったフィルムを切り取ります。

‐プレインキュベーション‐

 卵はカルシウムでできた頑丈な殻で包まれているので、普通であればこの成長の様子を見ることはできません。しかし、特殊な技術を使えば殻から出した状態でも卵を成長させることができ、発生の過程を観察することができます。このページでは透明な人工容器で鶏胚を育てる「鶏胚の殻なし孵化の実験」で観察した、ヒヨコが誕生するまでの成長過程を紹介します。

‐鶏胚の発生‐

 それでは鶏卵の胚発生について見ていきましょう。左の写真は保温前の有精卵で、市販されている無精卵と比べてほとんど違いはありませんが、よく見ると黄身の中央部に薄く、ドーナツ状の模様が観察されます。有精卵は産卵前から卵割が始まりますが、カエルなどの卵と違って、鳥類では黄身のごく一部で卵割が起こります(盤状卵割)。有精卵は産みだされた時点で、外胚葉と内胚葉からなる、二層性の胚盤と呼ばれる構造まで成長していて、これがドーナツ状の模様として現れます(無精卵でも似たような模様がみられる場合があります)。胚は普通黄身の上の部分に位置しています。

鶏胚 0日目

鶏胚 1日目 (24h

 保温を始めてから24時間後の様子です。胚盤から卵黄の表面に外胚葉が広がっていき、やがて漿膜が形成されます。胚盤中央の白い部分はヒヨコが作られる胚子で、この段階では羊膜にも包まれていない、むき出しの状態です。

鶏胚 2日目 (48h

 48時間後。外胚葉がさらに広がり、発生中の部位の卵黄が不均質になっています。外胚葉の進展に伴って卵黄膜が退縮し、卵黄はとても破れやすくなります。

 保温を開始してから55時間経過したら、プレインキュベーションの終了です。卵殻を割って内容物を人口容器に移しましょう。発生が進んだ卵は卵黄がとても破れやすくなっているので取り扱いは慎重に行わなければなりません。

 まず、卵の鋭端を一周するようにラインを引き、その部分をルーターなどを使って、卵殻膜を傷つけないように殻を慎重に削ります。削り終わったら卵の鋭端部が下になるように保持し、メスやハサミを使って薄い卵殻膜を少しずつ切開します。ある程度膜が破れたら、卵の内容物が落ちるのに任せて人工容器に移します。この方法であればほとんど卵黄を傷つけずに移すことができます。

ルーターでライン上を削り、逆さにして容器に落とす