牛白血病と検査結果をもとにした管理プログラム

●牛白血病の感染は近年急速に拡大した

 牛白血病ウイルスは世界中に広がる牛の感染症ですが、一般に知られるようになったのは比較的新しく、日本で発生が報告されたのは百年ほど前の岩手県が最初です。それからずっと時代が下がり、1980年に行われた全国規模で行われた抗体調査では乳牛の3.7%、肉牛の7.4%が抗体陽性を示すなど全国の牛に一定程度広まっていることが分かり、同時に地域によっては高い浸潤があることも報告されました。

 発生数の高まり受け、牛白血病が重要な牛の病気として届出伝染病に指定されたのは1998年(H10年)のことです。データが取られているそれ以降の発症頭数の推移について見てみると、2001年(H13年)頃までは全国でも200頭以下だったものが、2004年(H16年)には450頭を超えて急速に増加しています。同時に、食肉検査所での摘発・全廃棄の発生数も急激に増加しているのが下のグラフからも見て取れます。さらに、2009年から2011年(H21-H23年)にかけて行われた全国調査では約35%もの牛に感染が認めら、問題の拡大を受けて2015年(H27年)には農林水産省による牛白血病対策のガイドラインが策定されました。

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 検査によってわかったウイルス量をもとに、ウイルスのこれ以上の感染拡大を防ぐため、この農場では牛を④のように配置しました。農場全体の陽性率は64%と非常に高いことが判明しましたが、そのうち特定の2頭の母牛が発症や感染源としての可能性が高い高リスク牛でした。このような牛は個体そのものの発症リスクがあるだけでなく生まれた子牛が分娩時にすでに感染している確率も高く、また繁殖成績が悪い、病気になりやすいなど経済的にも負担になる可能性が高いため、早めの淘汰対象になります。育成牛の2頭に関してはウイルス感染初期の変動期で高い可能性があり、この時点では判断を保留します。しかしながら陰性牛への感染源になるリスクの点ではどちらも同じなので、取り扱いは高リスク牛と同じ扱いにし、セットポイント期の落ち着いたウイルス量をみてその後の方針を決めていくことになります。
 低リスク牛は免疫の比較的安定した牛で、ウイルス量が少ないので感染源になる可能性がかなり低い個体です。注射針や繁殖に使う器具類の取り扱いなど感染を防ぐ対策に気を付けていれば陰性牛への影響は抑えられます。また、この牛はすでにウイルスに感染しているために高リスク牛の影響を受けないことから、高リスク牛と陰性牛の間に配置することで感染の防波堤のように配置することができます。
 子牛の判断は慎重に行う必要があります。母牛が感染牛の場合、分娩前にすでに子牛が感染を起こしている場合もあります。例に挙げた農場では子牛が群飼いされているために陰性の子牛が感染した子牛と同居してしまう恐れがあり、特に感染初期でウイルス量の多い子牛からの感染が起こりやすくなっています。このことが育成牛2頭の高いウイルス量として現れていて、後継牛が常に高い感染の危険にさらされているために農場の感染率がどんどん上がり続けている状況です。子牛の間で感染が起こらないように個別に飼育し、陰性が確認できたものだけで母牛を更新していくことがこの農場にとってもっとも重要な課題でした。

●検査の目的とゴール
 
 ある程度の感染を許してしまった農場では牛白血病を完全に無くすこと、清浄化を目標にするとゴールが余りにも遠く、検査の敷居が高く感じるかもしれません。しかしながら、まず自分の牛の感染状況を把握すること、次に高リスク牛からの感染を防ぎ、農場内から高リスク牛を無くしていくこと、さらに新たな感染牛を出さないようにすることと段階を踏んで進めていけば、思いがけない事故を無くし、いずれは農場からウイルスを排除することができます。検査は費用もかかるものですが、いつどの牛が発症するか不安に思いながら管理することやウイルスの影響を受けている牛に余計な手間やコストをかける事からすると十分価値のあるものです。ウイルスの感染状態を把握し管理下に置くことを最初の目標とし、安定経営を実現する。そうするうちに、遠からず清浄化の達成が手の届く範囲に見えてくるでしょう。

 
まず感染してから2週間~1ヵ月までのAの期間は血液中にほとんどウイルスが見られないウインドウ期で、血液検査でウイルスが検出できない期間です。

 感染から1ヵ月を過ぎたころから半年後までのBの期間はウイルスが血液中に大量に生み出されている変動期です。この変動期を経て牛の体内で免疫が安定し、ウイルス量が一定に安定したセットポイント期(C)に入ります。
 このセットポイント期のウイルス量は牛によってかなり差があり、1000倍以上の違いがあります。このウイルス量の違いがその牛の発症リスク、他の牛や子牛への感染リスクの違いとなります。牛白血病ウイルスに感染した牛のの60~70%は無症状で健康な牛と変わらないと言われてきましたが、これは体内のウイルス量が低く抑えられているような個体に当てはまります。逆にウイルス量が多い牛は白血病(リンパ腫)を発症しやすく、他の牛に感染させやすく、その子牛も感染した状態で生まれてくる確率が高まります。ウイルス量の少ない牛は発症したり感染源になる可能性はかなり低いとされていますが、生まれた子牛については残念ながら一定の感染リスクが残ります。

 母牛12頭の繁殖農場を例にしてみましょう。
 ①は牛舎と牛の配置を示しています。ここでは過去に2頭の牛白血病の発生があり、検査のために子牛以外の全頭検査を実施したと想定します。
 検査の結果、育成牛2頭を含む牛14頭中9頭(64%)が陽性であることが分かりました(図② 陽性牛はで示した)。子牛は検査をしていないのでで示しています。陰性の母牛から生まれた子牛は陰性のはずですが、陽性の母牛から生まれたものと一緒に飼育されているので感染している可能性もあります。
 これらの感染が分かった牛をさらにウイルス量で分けると(③)、育成牛2頭と母牛2頭がウイルス量の多い高リスク牛で、それ以外の陽性の母牛は低リスク牛に分けられました。

●検査データの活用

 牛群全体を評価する場合、検査は基本的に生後半年以上の繁殖に供する育成牛と母牛について全頭同時に行います。その結果、陽性牛の頭数が少なく隔離飼育が出来る程度であったら、陽性牛を陰性牛と分けて飼育し、淘汰・更新をすすめることで短期間に農場の清浄化が達成できます。しかしながら、陽性牛の頭数が多くて隔離や淘汰が現実的でない場合や、敷地や施設の制約上完全に隔離して飼育できないような場合でも、ウイルス量を参考に農場内で感染が広がらないように牛の配置を工夫して対応することで感染の広がりを抑えることが出来るようになります。

●感染牛のウイルス量の変化とリスクの違い

 検査結果から対策を立てるためには、ウイルスが牛の体内でどのように維持されるのか理解しておく必要があります。そこで感染した牛の体内におけるウイルス量の変化を下の図に示しました。プロウイルスというのはウイルス感染により牛の白血球に取り込まれたウイルスDNAのことですが、話がややこしくなるのでここでは無視してウイルスとして説明します。

●感染状況の把握

 牛が牛白血病ウイルスの感染を受けるとウイルスが体内で一生涯維持され続けるため、ウイルスを撲滅するためには感染した牛を見つけ(摘発)、牛群から除いていく(淘汰)必要があります。これは牛群の中で感染した牛の割合が少ない場合に特に確実で有効な手段です。
 ヨーロッパでは1980年頃から政府主導の撲滅計画が実行され、デンマークなど西から中部ヨーロッパの国々で撲滅に成功、もしくはかなり低いレベルに抑えることに成功しました。しかしながら、日本の感染状況を見てみると、地域レベルでうまく感染がコントロールされている例もありますが、国レベルでの撲滅計画を実行するには今はすでに感染が広がりすぎているように思えます。

 実際、皆さんは自分の農場でどのくらいの牛が感染していると思いますか?
 2010年頃の全国調査では35%の牛が感染していると報告されていました。つまり、市場で購入する牛の一定割合に感染の可能性があり、また現在の状況はさらに悪化していると考えるのが妥当でしょう。
 牛のウイルス感染は検査をしない限り、白血病やリンパ腫を発症するまで気付かないことがほとんどです。しかしながら、感染から発症までは数年単位の時間がかかり、また発症率も5%ほどと低いことから、農場で発症が見られた時にはすでに牛群内に感染が広がっていることが多いです。
 普通の飼育管理では一度農場内にウイルスの侵入が起こると、いずれ長い時間をかけて緩やかに感染が拡大します。それはウイルスが目に見えず、感染の兆候がつかめないために適切な対応がとりにくいということが主な原因です。そのため農場内でのウイルスの拡大を防ぐためにはまず検査により感染牛を見つけ出し、状況に合わせた適切な対応をとっていくことが必要です。