儲けの隠れた分娩管理 多産系母豚の分娩管理

母豚の生産性を最も大きく左右するのは生存産子数と離乳までの成績です。疾病がきちんとコントロールされていれば、肉豚生産のスタートとなる分娩時と離乳までの事故率が農場の成績に最も大きな影響を与えるので、ここの事故率の改善で農場の生産性が大きく高められる可能性があります。中でも特に多産系の母豚を採用している農場においては莫大な利益が隠れている事があります。

最近では豚の育種改良が進んで産子数も増加し、平均で14頭近くも分娩させる多産系母豚での生産を行う農場もあり、中には多い個体で20頭も産む例もあります。しかし、多産系の品種を導入して総産子数が増えても、それが母豚1頭当りの生産性に比例することは必ずしもありません。

母豚の生産性に関しては受胎率や分娩率、発情回帰日数から子豚の増体率などから総合的に判断する必要がありますが、多産系の母豚の最大の強みは子豚生産のスタート時点の総産子数の多さです。そのメリットを十分に得るためには産まれた子豚を文字通り生かしきることが必要です。子豚の死亡事故は分娩時から数日までの間が一番高く、ここを以下に乗り切るかが特に多産系の母豚を活かす一番のカギになります。

母豚の状態と子豚の死亡の関係

 デンマークで行われた研究(2006 Pedersenら)によると、分娩前後の母豚の行動や状態と子豚の死亡率の関係は3つのパターンに分かれました。これらのパターンの子豚の死亡原因は大まかに@死産、低酸素など、A圧死、B初乳不足に分けられます。

@の死産や低酸素などの事故は分娩間隔が長くなるほど多くなり、これは分娩直後の数時間における哺乳率とは関係がありません。

Aの圧死は最初の子豚が生まれる前の4時間で、横になって休む時間が長い母豚ほど高くなりました。

Bの初乳不足は分娩時間と分娩12日の母豚の体温と関係があります。夕方から夜間に分娩した母豚と比べると朝に分娩した母豚の方がリスクは高く、分娩後の体温が高い場合も初乳不足の割合が高くなります。

この3つのパターンから、事故の少ない母豚は分娩前に落ち着きなく巣作りの行動を繰り返し、夕方から夜の間に短い間隔で分娩し、分娩後も体温がすみやかに正常にもどるものということが分かります。これが事故の多い母豚では、分娩前から横になった状態が続き、朝から日中に長い時間をかけて分娩し、分娩後も発熱状態が続いているという事になります。

分娩の間隔とトータルの分娩時間

産子数を重視して改良された母豚では、子宮内で約14頭以上の胎子を育てることができます。しかし、胎子の数が増えるほどに子宮全体の長さも延長するので、分娩時に子宮内を胎子が移動する距離が長くなり、トータルの分娩時間も長くなります。このため、分娩の間隔が長くなるとお産が始まる時には子宮の中で生きていた子豚も、生まれる順番を待っている間に低酸素で弱っていたり、生まれたときには死亡しているということになります。

分娩の間隔が30分間であった場合を例にあげると、総産子数が10頭では最初の1頭目が生まれてから10頭目が生まれるまでに270分間、4時間半かかることになります。総産子数が14頭になるとトータルで390分間、6時間半かかります。




 分娩が始まってからは胎盤からの酸素の供給は少なくなっていきます。最後に生まれる子豚は子宮の最も奥にいた子豚なので、子宮内の移動距離も最も長くなり、長い分娩中の低酸素の影響が最も受けやすくなります。多産系の母豚で起きやすい低酸素性の死産子はふつう分娩の最後の
12頭で発生します。

低酸素の虚弱や死産を減らし、母豚の消耗を防ぐためにはトータルの分娩時間を出来る限り短くすませなければなりません。総産子数が14頭で分娩時間を5時間以内に終わらせるためには分娩の間隔を23分以下にしなければなりません。生産性の高い母豚ほど分娩時間が長くなる分大きな影響を受けやすく、死産子数の差も大きくなります。

なお、ここで言う死産の子豚とは分娩の直前まで子宮の中で正常に生きているものであることに注意してください。定期的な疾病のモニタリングをしていない、ミイラ胎子や流・早産が多い、産子数がばらつくなどの問題があるときには何らかの疾病の問題が隠れていることが予想されるので、まず手をつけるべきなのは衛生プログラムの確立です。

難産と圧死

難産による事故の影響は多産系の母豚の方が大きくなります。分娩の途中で過大児や体位異常で産道が詰まったり陣痛微弱で娩出が停滞すると、子宮内に残された胎子の命が失われやすくなるのは子豚の数に関係なく起こります。しかし、分娩の序盤から中盤で分娩事故が起こった場合、多産系の母豚では増えた胎子は全てこの事故の影響を受けてしまいます。例えば5頭目のお産で分娩が止まってしまった時、10頭産む母豚では6頭の子豚がリスクにさらされますが、14頭産む母豚では10頭もの子豚が影響を受ける事になります。

 長い分娩時間や難産は胎子や新生子だけでなく、もちろん母豚にも影響をあたえて圧死や周産期疾病の原因になるといわれています。しかし、研究によると圧死はむしろ分娩前の母豚の状態との間に深いつながりがあることが示されました。圧死を起こしやすい母豚は分娩の直前に横たわったままになる時間が長く、お産そのものの重さとは実はそれほど関係がなかったという前述の報告を考えると、圧死を防ぐためのポイントには分娩前の母豚の健康状態のチェックが重要になります。

 

分娩の管理−マニュアルにはしにくいテクニック

豚は動物の中でも安産な生き物ですが、それでもお産には事故が付き物です。今でこそ無看護分娩が主流のようになっていますが、かつての小規模な農家養豚では分娩に立ち会うのは当たり前のことでしたし、夜中の分娩舎の見回りも優秀な成績を修めている方々なら今でもやられていることでしょう。今のように農場の防疫が最重要な課題になる前は経験豊かな先輩方に話を聞いたり、やり方を見せてもらえる機会もあったでしょうが、今ではなかなかそうも行かず、試した事もない介護の方法もいろいろあると思います。

 実際、分娩というのは二つとして同じものはなく、いかにそれぞれの分娩に対応するかが重要なので個人の経験や能力が大きくものをいいます。例えば、教科書的な解説では分娩の間隔は正常で1020分間とされ、それ以上に間隔があいたり陣痛が微弱な場合には難産が疑われるとされます。難産が疑われた場合にはできるだけ自然な分娩を促すために母豚の下腹部をマッサージしたり、産道に消毒した手を挿入して胎子を引き出す、陣痛微弱が疑われた時にはオキシトシンを投与する・・・などの説明がされていますが、実際にそれらを判断して実行するのは獣医師でも助産師でもない現場の管理者です。なかなか文章での表現にも難しい部分もありますが、ここで知っておいて損はない母豚の分娩マッサージと子豚のマザーリング、補助呼吸について紹介しましょう。

 母豚の分娩マッサージとは分娩時に腹圧がかかるのを助けて胎子の娩出をスムーズにする方法で、陣痛にあわせて腹部を圧迫します。まず、横臥している母豚の脇腹に手を押し付けると、母豚がお腹に力を入れる様子やタイミングがよく分かると思います。同じ部分を足で踏みつけるようにして、母豚がいきむタイミングを計ります。母豚が胎子を娩出するために最大の力を出す時に、それにあわせて強くお腹を踏み込みます。うまくいけば23頭続けて娩出されます。腹圧がかかっても子豚が産まれない場合は過大児や体位の異常が考えられるので産道を探ってやる必要があります。また、陣痛が感じられない場合や弱い時には陣痛微弱が疑われるのでオキシトシンなどの子宮収縮剤を使う必要があるかもしれません。オキシトシンの使用における注意については後述します。

 マザーリングとは子供に対する母親としての行動のことで、分娩直後に羊水で濡れた子供を舐めて乾かしたり、胎便の排出を促すなどのさまざまな意味があります。現在飼われている豚の品種ではこのような本能はかなり失われていると思いますが、これらの世話は特に分娩時に子宮内で障害を受けた子豚を助けるためのポイントになります。血行障害や低酸素に陥って生まれてきた子豚は血圧が低下して血行が悪く、体温も下がりやすくなっています。このような子豚をまず体を乾かしてやり、全身をこすってマッサージしてあげるだけでも血行が回復して助かる確率が格段に高まります。このような場合に使うと便利なパウダータイプの資材がいくつか販売されています。タオルなどはあまり衛生的ではないので勧められません。

 子豚が呼吸していないようだったら補助呼吸を行います。子豚の後肢と頭を持ち、腹筋運動をさせるように何度も体を屈曲します。これは母豚に潰されて圧死手前の、一時的に呼吸が止まった子豚に対しても有効です。

 これらの看護法はやってみるとすぐにコツを掴む事ができますし、こんな簡単なことで一匹一万円以上の価値がある大事な子豚が助かるならこんないい儲けはありません。また、子豚の命を助けた経験があるかどうかで子豚の管理に対する考え方も変わるはずです。

 

オキシトシンの使用上の注意−間違った使用法は子豚の死産を助長する!

 オキシトシンを高容量で使用した場合や、分娩の初期に使用すると死産率がむしろ高まる場合があるということが最近報告されました(2007 Mota-Rojasら)。この報告によると、オキシトシンを陣痛微弱に陥っていない母豚に高容量で使用すると分娩時間は短縮されますが、子宮内で障害を受ける子豚はむしろ増加しました。また、低容量で使用した場合で

も分娩の初期から中期に使用すると、通常は分娩の終盤に増加する死産の発生がオキシトシン投与の直後にあらわれて死産率はあまり変わらず、分娩後期に投与した場合に死産率の大幅な低下が認められました。

 オキシトシンは子宮の収縮時間と収縮力を増強して胎子の娩出を助けます。しかし、オキシトシンの効果が強くあらわれて子宮の収縮力が強くなりすぎると、子豚への血流が滞ったり臍帯が傷つけられるなど、子宮内での障害が起きやすくなります。また、たとえ低容量で使用した場合でも、子宮の筋肉がまだ活力を保っている分娩初期から中期にかけて使用すると収縮力の増強効果が強くあらわれて子豚の健康に悪影響を与えます。オキシトシンの使用は子宮の収縮力が健康な状態よりも低下している場合に使うべきで、分娩時間の短縮のために日常的に使うべきものでは決してありません。

分娩後の母豚の管理

初乳不足には子豚に原因がある場合(初乳が出ているけれども子豚が十分に摂取できない場合)と母豚に原因がある場合(子豚に対する初乳の量が足りないなど)がありますが、母豚の乳量不足にかかわるものとして発熱が一つの指標となります。生後数日の哺乳子豚が乳量不足で失われやすい場合には分娩後の母豚のチェックを見直さなければなりません。

体温は重要な健康のバロメーターなので、分娩後の母豚は日常的に測定するようにしましょう。豚用の解熱剤には古くから使われているものもありますが、海外では最近、解熱作用だけでなく疼痛や炎症を抑える作用も強い新薬が使われるようになってきています。母豚の発熱は体温計で測定する事ができますが、分娩の痛みや炎症そのものの強さは計ることができません。しかし、実際に疼痛や抗炎症作用の強い薬を使用した方が圧死などの事故やMMA(子宮炎・乳房炎・無乳症症候群)などの周産期疾病が減少すると報告されています。

栄養からのアプローチ

また、母豚に与える補助的な栄養やサプリメントを利用して子豚の死産率を下げるということも行われています。しかし、このようなサプリメント的製品の多くは薬品などのような審査を受けて認められたものではないので、中には根拠のはっきりとしないものやまがい物のようなものもあります。謳い文句も高らかな「魔法の薬」などというものは絶対に存在しません。たとえどんなにいい製品だとしても、使い方を間違っていては効果は得られません。例えば、抗生物質もそれが効果を発揮する病気が出ていなければ使用しても全くメリットはありませんが、病気の出ているところでは劇的な効果を発揮します。これらの中にはその製品の性質と使い方を理解して、適切に使用すれば、薬では得られないような利益を生み出す場合があります。

単味の栄養成分(アルギニン)

ほとんどの農場できちんと飼料設計された配合飼料を使われていることと思います。配合飼料とは日本飼養標準に基づいて作られたもので、標準的な子豚、肥育豚、繁殖育成豚、妊娠豚、授乳豚それぞれが必要とする栄養成分がどれも必要量含まれていることになっています。しかし、これは能力の高い個体では普通の要求量よりも多くの栄養を必要としますし、環境の温度が低いと体温の維持に多くのエネルギーが必要となるなど、必ずしも全ての条件下をカバーしてくれる値とは言えません。餌の原料の配合によってそれぞれの条件下で不足しやすい栄養成分も変わってきます。不足している栄養成分があるときには、それを無視してどのような薬を使っても問題は解決されません。そういう場合に適切な補助栄養で不足した栄養成分を補ってやればあたかも「魔法の薬」のような効果を発揮するでしょう。当然のことながら、それが他の農場で必ずしも同様の効果を発揮するとはいえませんが、ここでは繁殖母豚で不足しがちなアルギニンについて述べます。

アルギニンとはタンパク質の元となるアミノ酸の一種であり、飼料の中にも含まれている栄養成分です。日本飼養標準でも子豚や肥育豚、授乳豚の必要量は設定されていますが、繁殖育成豚と妊娠豚の必要量は設定されていません。アルギニンは人間用の栄養ドリンクなどにもよく使われていて、生理機能として血管拡張作用などがあります。母豚の飼料に強化すると胎盤への血液流量を増加させることができます。交配後1530日での投与は着床率が高まり、また分娩予定の10日前からの投与では胎児と胎盤をつなぐ臍帯が太くなるため死産率が低下するといわれています。実際、豚の胎盤にはアルギニンが多く含まれているので、アルギニンの製造原料として豚の胎盤も使われています。しかし、アルギニンを強化するために分娩前に胎盤を餌として与えるようなことは絶対にしてはいけません!)どの栄養成分が不足しているかを判断するのは難しいですが、妊娠期の母豚にサプリメント的な補助栄養を使う場合にはアルギニンが含まれているものをなるべく選ぶようにしたほうがいいと思います。

ビガードリンク(栄養ドリンク)

 小規模で昔ながらのやり方をやっている所では分娩後の母豚にビールやお酒、味噌油、砂糖湯などいろいろ混ぜた自家製の栄養ドリンクを作って与えているところもあります。分娩によって消耗した体力を回復させるために吸収のよい電解質やビタミン、エネルギーを与える事は人間の場合と同様にとても有効です。

最近目にした面白い製品に、海外で販売されているペーストタイプの母豚用栄養補助サプリメントがあります。これは分娩時の死産子数を減らす目的の製品で、分娩前の数時間以内にビタミン・ミネラル・エネルギーという「スポーツドリンク」に似た栄養構成のペーストを強制給餌すると、分娩時間が短縮されて死産子数が減るというものです。わずか数十グラムの栄養補給でそのような効果が現れるとは驚きのように感じますが、市販されている人間用の栄養ドリンク剤も有効成分の乾物量ではわずか数グラムです。分娩時の母豚に必要な補助栄養素だけを与える量としては数十グラムで十分なのかもしれません。これらの栄養素を分娩後の母豚に水分とあわせて補給しているところが多いと思いますが、分娩直前という事であれば少量のペーストを強制的に与えるという事では面白いかもしれません。

上記の製品でなくともビタミン・ミネラル・エネルギーを同様に含む製品が何種類か発売されていますが、これらの製品にはものすごい成分のバラツキがあるので注意しなければなりません。ビタミンやミネラルは有効成分の種類とそれぞれの含有量、エネルギー量が十分に含まれていなければなりません。ほとんどが食塩の製品でも、体液のイオンバランスをもとに綿密に設計された製品でも表現上は「電解質」です。どういう成分がどれだけ入っているのか、数種類の製品で比べてみると分かりやすいでしょう。

 

その他のもの

それ自体、栄養的な価値を持つものではないものをその他のものとして取り上げます。これには機能性飼料などが含まれますが、ここにはそれこそ「魔法の薬」のようなものが満載で、信頼の置ける研究機関で効果が確認されているものから胡散臭いものまで幅広くあるので注意しなければなりません。研究が進んでかなり確立されたものから民間療法のようなもの、独自の世界観を持つものなどなかなか見飽きない魅力的な分野ですが、あまり変なものには手を出さないように注意してください。特に、豚の飼料として適切なものか必ず確認してください。

植物由来の成分を抽出した製品で死産子数の改善データを示したものがあります。本来は子豚の増体率や母豚の摂食量の改善、暑熱ストレス対策などを目的として使われているものですが、最近の研究で死産子数の改善が認められたという報告があるので今後注目されるかもしれません。

プロバイオティクスやプレバイオティクス、などの生菌製品、消化酵素を配合したもの、有機酸など様々なものがあります。広い意味では●●発生装置なども含まれます。謳い文句は良さそうだけれどもなんだか良く分からない製品を使用する場合には、まずそれが豚に使用して問題のないものであることを必ず確認してください。このカテゴリーは研究が進んでいるとはいえない分野であり、他の農場で結果が良いからといって自分の農場でも当てはまるとは限りません。自分で効果を確かめて、一番自分の農場にあった製品を選びましょう。適切な製品は実際に大きな利益をもたらします。これは世界中の大農場で必ずと言っていいほど何らかの製品を使用していることでも明らかです。

産子数の多い母豚の能力を発揮させるためにはそれだけのきめ細かい、高い管理技術が必要とされます。ここにあげた栄養サプリメントはあくまでも補助的な手段であり、きめ細かな人の手による管理を補いきれるものではありません。そこまでの管理が実現できない場合は、産子数にあまりこだわらずに品種を選択した方が生産性は高いことがあります。丈夫で強健性の高い母豚で事故率を低く確実に育てあげ、目標数字が達成できれば同じです。

たとえはかなくとも子豚の命は尊く、大切なものです。授かった子豚を大事に生かし、より儲かる養豚を実践しましょう。

 




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