豚エペリスロゾーン病〜豚のヘモプラズマ感染

 

 古くから知られている割にその存在が普段ほとんど意識されていない豚の感染症の1 つに豚エペリスロゾーン病というのがあります。これはかつて日本でも発生が確認されて重要視されていた病気ですが、最近では話題にのぼることも少なくなり、その浸潤状況についての調査も行われていません。しかし、豚エペリスロゾーン病が日本の養豚からなくなったというわけではありません。むしろ、ひょっとしたら皆さんの農場で事故率や成績に影響する要因となっている可能性もあります。

 ここでは、最新の知見を基にした豚エペリスロゾーン病(豚ヘモプラズマ病)の解説と、国内養豚場における“豚ヘモプラズマ” の浸潤状況について紹介します。

 

豚エペリスロゾーン病(豚ヘモプラズマ病)の歴史

 

 この病気の原因となる病原体は最近の研究で分類が変更され、それに伴って病名も変わるなど複雑な背景があります。そこでまず、ヘモプラズマの歴史とヘモプラズマ病について簡単に紹介したいと思います。

 豚のヘモプラズマという病原体についてこれまでに聞いたことがある人はまずいないと思いますが、これはかつてリケッチア目アナプラズマ科のエペリスロゾーン属として分類されていた細菌です。これらが原因となる病気はエペリスロゾーン病と呼ばれていました。エペリスロゾーン属の細菌群

は動物の赤血球に寄生して発育・増殖するために実験室での培養ができず、顕微鏡での菌の形の比較、感染の方法や病原性の違い、抗生物質への感受性などを基にして分類されていました。しかし、近年になってDNA が分析されると、実はこれらがマイコプラズマに属する細菌群であることが判明しました。

 マイコプラズマと言うと、肺炎や乳房炎という印象が強いと思いますが、じつはマイコプラズマには非常に多くの種があり、病原性をもたずに発酵菌として働くものなど、実に様々な菌種が存在します。かつてエペリスロゾーンとされてきた菌種は赤血球に寄生して増殖するタイプのマイコプラズマであり、同じように赤血球寄生性を示す他のマイコプラズマと合わせて“ヘモプラズマ” と総称されるようになり、さらにこれらのヘモプラズマの感染によって起こる病気も「ヘモプラズマ病」と呼ばれるようになりました(表1)。

 

 

 

ヘモプラズマにはエペリスロゾーン属とされていた菌のほかに、犬や猫で似たような病気を起こす、かつてヘモバルトネラとして分類されていた菌なども含まれます。

 ヘモプラズマは種特異性が高く、豚に感染するものは豚のみに、牛に感染するものは牛のみに感染するのが普通で、ヒツジや犬、猫など多くの動物にそれぞれ感染する固有のヘモプラズマが存在します。菌種によって病原性に違いがありますが、ヘモプラズマの感染を受けた動物は溶血性貧血や発熱、食欲不振、発育遅延や繁殖障害などの影響を受けます。感染初期の急性期では赤血球に寄生する細菌が観察されるようになります(写真)。しかし、症状としてはほとんど観察されない不顕性感染に終わることも多く、また診断法があまり発達していないこともあって病気として認識されない場合が多いようです。

 

 

写真 羊の赤血球に寄生したヘモプラズマ(鈴木 尋ら2011)

 

豚ヘモプラズマ病

 

 豚に感染するヘモプラズマとしては、マイコプラズマ・スイス(以下「スイス」)とマイコプラズマ・パルバム(以下「パルバム」)の2種類が知られ、北米で1950年代に最初の豚ヘモプラズマ病の発生が報告されたのをはじめ、アフリカやヨーロッパ、日本を含むアジアなど世界中に広がっていることが確認されました。

 豚ヘモプラズマ病はヘモプラズマに感染した豚の血液が注射針やメスなどの外科器具、シラミやハエなどの衛生昆虫によって他の豚に機械的に伝播されることによって起こります。胎盤感染も成立することが報告されていますが、詳しいことはよく分かっていません。新しくヘモプラズマの感

染を受けた豚では、数日から1週間程度の潜伏期間ののち、急速に赤血球の表面で細菌が増殖して溶血が始まり、黄疸を伴う貧血と発熱、食欲不振、低血糖などの急性症状が現

れます。この時期の血液の塗抹標本を顕微鏡で観察すると、先に示した写真のように赤血球に寄生した多数の菌体が確認されますが、急性期を過ぎると血液中の細菌数は急速に減少していきます。急性期から回復したあとでも豚の体内では菌がひそかに生存し、慢性感染の状態となって他の豚への感染源となります。慢性感染の豚は、ほとんど無症状の場合もありますが、発育遅延や繁殖障害、呼吸器や消化器病への感受性の増大、さらに、ストレスに曝されると菌血

症を再発する恐れもあります。

 ヘモプラズマはテトラサイクリンやニューキノロン系の抗生物質に感受性を示しますが、薬剤で症状を抑えることはできても、体から完全に排除することは現実的にはできません。また、効果的なワクチンも開発されていないため、種豚導入などで保菌豚が農場にもち込まれた場合、農場にヘモプラズマが常在してしまう確率が非常に高くなります。しかし、農場にヘモプラズマが侵入した場合でも、感染や発症率があまり高くないために侵入時には明らかな問題が認められない場合が多く、感染が拡大したあとになって発育遅延豚の発生や繁殖成績の低下などで農場成績に影響が出たり、他の病原体との混合感染が被害として現れたりする可能性もあります。

 ヘモプラズマの診断は、急性感染期の菌血症を発症している時期ではギムザ染色した血液塗抹標本を顕微鏡で観察することで行われますが、菌が明らかに観察できる期間が

短いために検出感度はあまり高くありません。スイスにかんしては間接赤血球凝集試験やELISAによる検出法も応用されていますが、慢性期に入ると抗体価が急速に低下するなどの問題があり、疫学的な検査法としては精度に問題があります。近年ではPCRが信頼性の高いヘモプラズマの検出法として応用されていますが、豚のヘモプラズマの診断・摘発法としてまだ確立されているわけではなく、豚ヘモプラズマ病はまだまだ研究が進んでいない病気だと言えます。

 

国内の豚におけるヘモプラズマの浸潤状況

 

 それでは、筆者が行った国内の養豚場における豚ヘモプラズマの研究について紹介しましょう。

 まず調査にあたり、豚に感染するヘモプラズマにはスイスとパルバムの2菌種が存在することは先に述べましたが、このうちスイスは比較的病原性が強いために遺伝子解析などの研究が続けられていました。しかし、パルバムに関しては初期の研究以降、数十年間にわたって検出された報告すらほとんどなく、国内でも1984 年の宮城県での発生を最後に、その存在は確認されていなかったため、まずパルバムを再発見し、さらに疫学調査のための検出法まで確立する必要がありました(注1、2)。

 ここで確立したPCR 法を11 農場で飼育されていた125頭の豚の血液について実施しました。結果の詳細については表2にまとめますので、ここではざっくりとその内容について紹介しましょう。スイスは11 農場中、わずか1 農場のみで検出されましたが、パルバムは11 農場中6 農場の豚から検出され、半数以上の農場に浸潤していました。また、それぞれの農場内での豚の陽性率について見ると、スイス陽性農場では12 頭中6 頭と半数の豚が感染していました。パルバム陽性農場では2 農場で60 %以上の高い数値を示しましたが、他の2 農場で約25%、残り2農場では10%前後の豚のみが感染していることが分かりました。

 

 

 

 さらに、個別の農場の状況について見ると、スイス陽性のA農場は同時にパルバムについても高い陽性率を示し、3頭についてスイスとパルバムの混合感染が起こっていることも確認されました。また、K農場では1頭の母豚からパルバムが検出されましたが、肥育豚からは検出されませんでした。

 これらの結果はとても興味深い内容だと思います。まず、スイスとパルバムの農場陽性率の大きな違いについてですが、これはヘモプラズマの病原性の違いから考えると意外な結果だといえます。多くの感染症では、豚群内で最初にウイルスや細菌などの病原体の感染を受けた豚の体内で病原体が増殖し、群れ全体へと感染が広がっていきます。スイスとパルバムを比べると、スイスの病原性がより高いために感染も広がりやすそうです。しかし、スイスとパルバムの両方が認められ

A農場ではどちらの陽性率もほぼ同じ、むしろパルバムのほうがやや感染率が高いという結果でした。さらに農場の汚染状況についてはパルバムのほうが圧倒的に高いことが確認されました。このことは何を意味しているのでしょうか? どうも、ヘモプラズマの感染や宿主の免疫との間には他の病原体とはかなり違った関係が成り立っているようです。

 

ヘモプラズマの感染と宿主の免疫

 

 ここで、もう少し研究が進んでいる他の動物のヘモプラズマについても見てみましょう。牛に感染するヘモプラズマにはマイコプラズマ・ウェニオニー(以下「ウェニオニー」)とマイコプラズマ・ヘモボス(以下「ヘモボス」)の2菌種があり、主にアブなどの吸血昆虫を介して伝播するとされています。北海道で行われた最近の研究報告(注3)によると、調査した牛はそれぞれのヘモプラズマに約40%ずつ、ほぼ同じ割合で感染していることが分かりました。しかし、草地で放牧されている場合と農場内で飼育されている場合に分けて陽性率について比較すると、ウェニオニーについてはどちらも違いがありませんでしたが、ヘモボスでは畜舎内で飼養されていたほうが3 倍も陽性率が高いことが分かりました。牛のヘモプラズマが吸血昆虫によって伝播されることを考えれば、草地で飼われているほうがどちらも感染率は高くなるはずです。しかし、とくにヘモボスについてはこれまで

に知られていない感染ルートが存在することが予想できます。また、このことはたとえ同じヘモプラズマに属する細菌であっても、伝播の方法には違いがあるということを示しています。

 また、年齢別の感染率について見てみると、どちらのヘモプラズマも1 〜 3 歳の牛で最も陽性率が高く、92%以上もの個体がいずれかのヘモプラズマに感染し、それ以上の年齢になると徐々に保有率が減少するという結果が得られています。これは猫に感染するヘモプラズマでも同様のことが知られていて、3歳以下の若い猫で最も感染率が高く、10歳を超えると減少します。これは動物が十分に成熟し、免疫を獲得することで徐々に体内からヘモプラズマが排除されていくためと考えられています。ヘモプラズマは一度感染をうけると体から慢性的に感染が持続するとされていましたが、それでも数年以上の長い時間をかけて回復に至る個体も多いということです。

 次に健康状態について見ると、感染を受けている牛では感染を受けていないものと比べて赤血球数が有意に少ないという結果も示されました。これはヘモプラズマが非常に長い時間をかけて体から排除されていくということにも関連していると思われます。ヘモプラズマは赤血球に寄生して生活します。動物の免疫システムはヘモプラズマそのものを標的にして攻撃するのではなく、ヘモプラズマが寄生した赤血球を正常ではない状態だと判断して攻撃します。ですから、ヘモプラズマが体内にいる限り、免疫システムによって壊される赤血球が増加します。このような赤血球の破壊が体にどれほどの影響を与えるのかは調べられていませんが、血液成分で統計学的な違いが表れている以上、家畜の生産性にも影響が出ていると考えるのが当然と思われます。

 ヘモプラズマの発症には他の病原体が関わっている場合もあります。猫のヘモプラズマ病は免疫力の低下を引き起こす猫白血病ウイルス(FeLV)と猫免疫不全ウイルス(FIV)を保有している場合、発症率が大きく高まることが知られています。これらのウイルスとヘモプラズマ病の直接の関係は明らかにされてはいませんが、このような現象は他の動物でも起こっているのではないかと思います。

 

養豚生産とヘモプラズマ

 

 現在、豚のヘモプラズマ病を意識して予防対策を取られている方はほまずいないと思いますが、かと言って豚ヘモプラズマ病がなくなっているわけではありません。それでは、これほどまでに豚のヘモプラズマが問題視されなくなった背景には何があるのでしょうか? これには養豚生産の技術的な進歩が大きく貢献したのではないかと私は思っています。シラミなどの衛生昆虫のコントロールや肉豚のグループ分着したこと、そして抗生物質の使用などが豚ヘモプラズマ病の発生を起きにくくしたのではないかと思います。ヘモプラズマはテトラサイクリン系の抗生物質に感受性があるため、周産期疾病や育成期の肺炎対策などでこれらの薬剤が使われていた場合、ヘモプラズマ病の発症や再発も抑えられます。

 また、今の養豚獣医療では豚の個体を診療することがほとんどなく、血液を顕微鏡で観察したり、血球成分の測定でヘモプラズマ病が摘発されることが起こりにくくなっていることもあると思います。

 しかし、ヘモプラズマがすべての農場から撲滅されたというわけではありません。気づかないうちに問題が再燃していたり、見えない形で生産性に影響を与えたりしていることも十分考えられます。最近ではテトラサイクリン系抗生物質に対する薬剤耐性菌の増加が指摘されていることから、以前と比べて選択が控えられることが多いと思います。このような場面において、それまで抑えられていたヘモプラズマ病の発生が再び高まることも十分に考えられます。

 実際、現在の生産現場において豚のヘモプラズマがどのような問題を起こしているのかは分かっていません。しかし、診断そのものがほとんど行われていない今の状況では、ヘモプラズマによる影響が野放しにされている状況があるのではないかと私は思います。今後のヘモプラズマ研究の発展に期待するためにも、ここで私が予想するヘモプラズマの影響についていくつか紹介したいと思います。

 

@ワクチンプログラムへの影響

 

 ヘモプラズマは注射針の共用で感染が広がると考えられているため、ワクチン接種による感染の拡大が確実に起こっていると思います。ヘモプラズマは感染を受けてから数日〜1 週間程度の潜伏期間を経て、菌血症が起こります。ですから、ワクチンプログラムの組み立て方によっては、最初のワクチン接種で感染を受けて発症した豚から次のワクチンのタイミングで他の豚に次々と感染を広げてしまうことがあると思います。パルバムは明らかな臨床症状を示さず、また発症したとしても黄疸をほとんど示さないために豚に異常が現れにくく、ワクチンの接種後に豚の調子が悪くなるとか、ワクチンの効果が期待どおりに現れないといった形で影響を受けている場合もあると思います。

 

A繁殖成績への影響

 

 牛や猫の研究で指摘されたように、豚のヘモプラズマでも若い個体でヘモプラズマの感染率が高くなっていることもありそうです。繁殖用更新豚では使用するワクチンの種類も多く、その点でも感染リスクは高そうです。周産期や暑熱のストレスでヘモプラズマ病が再発し、本来の繁殖成績が発揮できないとか、母豚群の免疫が安定しないなどの影響もありそうです。感染の持続期間を考えると、母豚の生産期間全体では感染の有無で大きな違いが出るかもしれません。

 

B複合感染症の発生原因として

 

 今の養豚業界にはかつて存在しなかった新しい感染症が発生し、さらに複数の病原体の混合感染も問題となっていますが、とくに、PRRS やPCV2 といった豚の免疫に影響を与える病気の発生にヘモプラズマが関わっていることがかなりあるのではないかと予想されます。今回の調査で調べたヘモプラズマの浸潤状況について見ると、何だか意味のある数字に見えなくもありません。原因のはっきりしない問題を抱えている農場では、一度ヘモプラズマの浸潤についても調べてみるのもいいかもしれません。

 なお、私が調査した農場ではとくに事故率が高いとかこういった複合感染症の問題を抱えていたわけではなく、ただヘモプラズマが存在しているからといって直ちに影響が出るとは決して思いません。しかし、ヘモプラズマの存在が他の原因と合わさって影響することは考えられると思います。

 

豚ヘモプラズマの対策

 

 豚ヘモプラズマの感染は注射針などを介した機械的な伝播が主体となるため、現実的には汚染農場から豚を導入しない限り、豚群が新しく感染を受けることはまずありませんが、豚からの検出法がまだ一般に広まっていないため、ヘモプラズマを保有する導入豚を摘発できるわけではありません。しかし、検出が手軽に行われるようになれば、母豚群から陽性豚を摘発して農場からヘモプラズマを撲滅するのは比較的容易ではないかと思います。

 かつて中国の養豚場で事故率の高い強毒型のスイスが発生した例が報告されたことがありますが、先に述べたように豚の移動がない限りヘモプラズマが農場間で伝播することはまずないので突発的な流行を恐れる必要はありません。常識的な農場防疫と衛生管理をしていれば、ヘモプラズマが大きな問題を起こすことはないと思いますが、何か農場の成績で気になる問題でもある場合はPCRを依頼できる検査機関に相談してみるのもいいと思います。

 人に感染するヘモプラズマは知られていませんが、まれに動物のヘモプラズマが人に感染した例が報告されています。豚のヘモプラズマが人に病気を起こすということはほとんどなさそうですが、中国の養豚場作業員の血液をPCRで検査すると高い頻度でスイスが検出されたという報告があります。どういう状況での話なのかは分かりませんが、公衆衛生の面からもシラミやハエなどの衛生昆虫の駆除は日常的に行っておくことが必要でしょう。



 

1 T wo genetic clusters in swine hemoplasma srevealed by analyses of the 16S rRNA and RNase P RNA genes. J. Vet. Med. Sci.73 (12):1657-1661, 2011

 

2 P revalence of swine hemoplasma srevealed by realtime PCR using 16S rRNA gene primers. J. Vet. Med. Sci. 74 (10):1315-1318, 2012

 

3 P revalence and risk factor analysis of bovine hemoplasma infection by direct PCR in eastern Hokkaido, Japan. J. Vet. Med. Sci. 74(9): 1171-1176, 2012

 

 

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