プリモーリエの鉛健康被害を抑制させよう

−ルダヤ プリスタン プロジェクト−

(Lead Health Risk Reduction in Primorye -Rudnaya Pristan' Project-)

イントロダクション

ルダヤ プリスタンはロシア極東地域にある小さな工業都市で、ウラジオストクの北東約400kmにあります。人口は近郊の村の住人を含めて平均5000人。ダルネゴルスク(人口45000人)を行政都市とするダルネゴルスキー地域の中にあり、ダルネゴルスクからルダヤ プリスタンまでは約30kmです。ソビエト政権下ではダルネゴルスキー地域は極東では最も鉱物の豊かな地域の一つだったため、鉱山都市として発展しました。

1. ルダヤ プリスタンの所在地

ルダヤ プリスタンの町は高い重金属汚染で知られています(Kachur et. al., von Braun et. al.)。町外れにある精錬所が大気と土壌、水質汚染の主要な原因です。この地域の人々は公害が原因となるさまざまな健康被害をこうむっています。

図2. ルダヤ プリスタンの風景

3. ルダヤ プリスタンの鉛精錬所

暴露の経路

4.はルダヤ プリスタンの子供たちへの鉛の暴露の経路を示しています。第一に、子供たちは汚染された空気を呼吸します。空気には鉛の粒子をたくさん含まれ、また土や室内の埃にも汚染があります。室内の埃がとても重大な汚染源です。汚染された土壌は暴露の経路として重要で、室内の埃や自家製の野菜に汚染が移ります。汚染された土で育てられた植物が最後の暴露の経路になります。

4. 鉛の暴露の経路

提案される解決策

●空気

 大気汚染は精錬所にもっと埃を吸着するフィルタリングの設備を導入すれば改善できます。ですから精錬所の管理者自身が、もしくはその同意の上、あるいは強制的に、または環境局の援助の下、大気汚染を抑えるための排気基準を守るためにより良い設備を導入するべきです。これが実行されれば、アイダホ州北部のバンカーヒル・スーパーファンドのようにすぐに血中の鉛濃度は減少するでしょう。同時に、地域住民の健康も、プルモーリエで特筆すべき高い発生率の呼吸器病が減少し、改善されるでしょう。

写真5. 精錬所の煙突からの大気汚染

●埃

空気によるものと違い、埃への暴露は住人自身の行動で最小に抑えることができます。我々は土壌の鉛濃度が室内の埃の濃度の70%ほどを占めていると考えています。公共の注意を呼びかけ、土壌の汚染物が室内に侵入しないように防ぐことで、室内の鉛汚染を劇的に減らすことができます。アメリカの習慣と違い、ロシアの家庭では外靴で室内に入ることはありません。また、普通の家庭では一週間に一度は床を掃除し、廊下は毎日掃除します。ロシアの全家庭に掃除機があるわけではありませんが、カーペットも定期的に掃除し(普通は家の外に出す)、時には洗濯もします。カーペットの下の床も毎週掃除します。やれることは、住人にいつもの家の掃除の基準をもっと高めてもらうことだけです。バンカーヒルで行われたように、無料もしくは安価な掃除機を供給するのも室内の埃による鉛の暴露を減らすのに効果があると思います。

室内の埃による鉛を減らすための他の部分として、古い線路の枕木を暖炉のまきや他の目的で使用しないということがあります。ストーブで燃やすと室内の埃に重大な影響を与えます。行政または関係当局が精錬所の古い枕木を回収し、住人の手の届かないところに移動させるべきです。

 他の家庭内の埃の鉛の原因として、鉛を含むペンキがあり、これも家庭から取り除かなければなりません。今のところ、住人が室内に鉛を含むペンキを使用しているという証拠はありません。多くのロシアの住宅のように、壁にはペンキではなく壁紙が使用されています。ほぼ全ての住宅の窓枠はペンキで塗装されていますが、これが鉛を含むものかの判断は特別な検査が必要です。もしそうであれば、住人には鉛を含まない塗料を供給し、また塗料による鉛の被害について啓蒙しなければなりません。住人の誰もが子供たちの健康に危険を与えるつもりはなく、再塗装するでしょう。当局は鉛を含む塗料が使われていないか住宅を調べ、ペンキや道具、また労働力を援助して塗り直しを手助けするべきです。

そのほかに鉛を含む埃が住宅内に持ち込まれる経路として、精錬所の職員が作業着を家で洗濯する場合が考えられます。鉛を含む衣類の選択や取り扱いを適切にすることで、住居内への鉛の侵入が防げます。まもなく、精錬所は独自の衛生プログラムを導入し、家庭への鉛の原因を十分防げるようになるでしょう。この衛生プログラムによる効果はまだ評価されていません。

これらの全てにより、(楽観的な見方ですが)きわめて現実的で比較的低コストで室内への埃の暴露を防ぐことができます。

●土壌

土壌汚染への暴露を減少させるのはもっと難しいです。汚染された土壌の掃除は少し先まで行われません。住人に子供たちの活動をコントロールすることを教えることによる宣伝も暴露のルートを大きく減少できるかもしれません。Von Braunらが2002年に発表した199697年にかけての調査によると、運動場や川、砂浜(港に隣接する地域を除く)はその他の町の地区と比べて汚染が少ないことが示されました。ですから、子供たちにはこれらの地域で長く過ごすように勧めるべきです。それに対して、庭や庭園の土、線路の近くからは厳しく遠ざけなければなりません。子供たちが遊んでいる最中に土を摂取してしまうことが知られており、線路の近くでは最大202029ppmの鉛純度で絶対生物利用率が37%の濃縮物を飲み込んでしまうかもしれません。汚染源とそれへの接触の両方を抑えることが最優先されるべきです。子供たちの行動をコントロールし、比較的きれいで安全な遊び場を見つけることが、今できる汚染された土地への暴露を最小にする方法です。この方法は反抗的な子供たちには難しいですが、土をきれいにすること無しにできる方法はこれしかありません。港湾地域などの高い汚染地域をフェンスで囲うことも暴露を減らす助けとなるでしょう。

●菜園の収穫物

 収穫物からの鉛の暴露を防ぐのは土壌からの汚染を防ぐよりも難しいかもしれません。ルダヤ プリスタンの多くの人々は食べ物のかなり多くの割合を家庭菜園に頼っていて、全ての食べ物を商店で購入することができないためにこれらの収穫物をあきらめることはできないでしょう。唯一変えられることは、人々に比較的汚染の少ないきれいな土地を提供することです。これは一般的にあまり大きな問題とはならないでしょう。なぜなら、ロシアの全ての土地は政府の所有物であり、公害による健康被害の補償として提供することができるからです。土地の分配はやや複雑で法的な手続きや特別な委員会の決定が必要になるかもしれませんが、政府による土地の分配はロシアでは普通に実行されているので一年以内に実行可能です。その他の問題には新しい畑が住居地から遠いため、そこまで長い距離を歩いていくよりも家に近い汚染された土地を好む人が出るかもしれません。実際、たとえ自分たちの土地が危険だとしても何人かはこういう考え方を嫌うでしょう。また、新しい土地にはたぶん森を切り開き、耕作して施肥を行うなどの新しい仕事も必要になるでしょう。

 理想的には、住人に土地だけではなく新しい家を建てるための低金利で長期のローンを提供する、もしくは政府が新しくアパートや住宅を精錬所から離れた、新しい農地の近くに立てるといいです。これは言い換えると住人を危険な地域から移住させるということになります。このような計画は実現しそうにはありません。なぜなら、何年も前にロシアの科学者に提唱されましたが、莫大な費用がかかるために実行されなかったからです。しかしながら、ルダヤ プリスタンの環境の修復と鉛暴露を減少させる計画の総費用と比べれば、選択肢の一つとして残ります。精錬所の近くには新しくて高価な住宅はありません。多くの建物は古くてすみにくいものです。住人は協力して政府に働きかけ、鉛の健康被害をもっと勉強して新しい家に移るのを助けてもらうようにするべきです。

 移住できない場合や移住前について、住人は汚染された作物について教えられるべきです。たぶん住人ができる唯一のことは、子供たちに果物や野菜、野イチゴを、畑で取れたか野生かに関わらず洗わずに食べさせないようにすることです。こうすることで、少なくとも作物が成長するときに表面に付いた汚染された埃を食べないようにすることができます。

 要約すると、地域で取れる食べ物はこの地域の重要な食料であり続け、作物の汚染を抑えることはルダヤ プリスタンの計画の複雑な部分となっています。

●線路

 線路に関していくつか行動をおこさなければなりません。第一に、鉛の濃縮物を精錬所に運ぶ貨車の構造や使用を見直し、濃縮物がこぼれて町を汚染しないようにしなければなりません。例えば、貨車に特別なカバーをつけたり、貨車の容量の半分だけ濃縮物を積むようにするなどです。

写真8.こぼれた鉛の濃縮物

 これらの鉄道の掃除を行うだけでも大きな投資が必要です。町全体の掃除ほど大きなコストではありませんが、実行すればものすごく大きな効果が現れます。もしルダヤ プリスタンの計画に基金が割り当てられるなら、その中から線路の掃除にも予算を回すべきです。また、鉄道の現所有者と過去の所有者が掃除の費用の一部、もしくは全額を負担することも重要です。

●バッテリーケース

 古い潜水艦のバッテリーケースが最近になって町の周辺の精錬所の近くに放置され、住人の中には雨水を集めるために使っている人がいますが、これも枕木と同様に集めて廃棄しなければなりません。これらのケースから取れたさびのサンプルから293,000ppmというこの地域で最高の濃度の鉛が検出されました。これらの容器で雨水をためて庭に水をまくと、土壌や作物が汚染されます。これらのバッテリーケースは精錬所の当局が集めて人が近づけないようにしなければなりません。市の当局も地域住人に対してこれらのケースを使わないように勧告し、精錬所に対しては収集させるようにするべきです。他の方法としては、人々に提供する前に徹底的にケースを洗浄することがあります。しかしこのようなプログラムを作って適切に評価することがこの地域で実践できるかは疑問です。

●公共への周知プログラム

 この方法は最も実現に要する費用が安く、血中鉛濃度を減少させるには最も効果的です。大人も子供も鉛が人体の健康に与える悪影響と、家族を重金属の汚染から守る、もしくは抑える方法について教育されるべきです。バンカーヒルで行ったように、情報を公的な集会の場や印刷物で提供しなければなりません。十分な情報を理解しやすく、明らかな形で提供すべきです。自分自身の健康にそれほど気を使わない人でも、子供に対しては汚染を少なくするように対策を立てるようになれば、実質的な達成につながります。

 子供への教育は学校や保育園でゲームや授業、講義などの形で実施できます。このプルグラムも当局やダルネゴルスク、ルダヤ プリスタンの公共教育部で簡単に組織して費用をかけずに実施できます。子供たちに鉛とは何か、どうして危険なのか、どうやって体内に取り込まれ、どうすれば汚染を防げるのか教えられるべきです。これらのことを学校と家庭でも教えられれば、子供たちの血中鉛濃度を減少させることができるでしょう。

 全体を通じて、このような行動は効果的で実施しやすく、大きな費用をかけず、ルダヤ プリスタン計画に大きな負担をかけることなく、またダルネゴルスク地区以外の関係局の手も借りずに行うことができます。

●医学的なモニタリング

 健康監視組織の設立、医療補助、モニタリングプログラムには巨額すぎるというほどではなくとも費用がかかりますが、他の対策が行われるかどうかに関わらず実施しなければなりません。最も重要なこととして、この地域の子供の血中鉛濃度を検査するべきです。鉛濃度と健康被害の関係は世界中で報告されています。一人一人の血中鉛濃度を測定して鉛濃度の増加の原因を特定し、一人一人の鉛の暴露を抑えなければなりません。大人よりも子供のほうが鉛の暴露に敏感なため、子供たちの健康に特別な注意が必要です。地域の当局はダルネゴルスク地方以外の財源も当てにして、ロシアのほかの地域でよく行われているように学校や保育園での血中鉛濃度の検査を義務として行うことができます。ルダヤ プリスタンですでに行われた子供たちの一般的な血液検査と同様に、鉛の暴露と関連した影響が見られるでしょう。子供たちの血中鉛濃度を測定することで、人々への健康の影響と公害の関連がより理解されるようになるでしょう。ここで得られる知識は患者の治療を助け、この地域以外の資源に関わる環境の状況についても役立つものとなるでしょう。

 ルダヤ プリスタンの健康プログラムはバンカーヒルの場合よりも簡単で安くなりそうですが、効果も少なそうです。この活動は基本的に現場で行うべきですし、ルダヤ プリスタン計画の成功のベースになるべきものです。


(Lead Health Risk Reduction in Primorye -Rudnaya Pristan' Project-)



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写真7.古い枕木

 第二は鉄道の長さです。少なくとも町の境界以内はどんな方法でも修正しなければなりません。現在、ここが町の公共の場でもっとも危険を及ぼす場所と考えられ、この場所を除去すれば地域の子供たちへの鉛の暴露を大きく減らすことができます。行動を起こし始めれば、線路に関わるリスクは最小になるでしょう。最後に、古い枕木は町の中に廃棄するべきではありません。特別に設計した廃棄場所を設けて移動し、住人にどんな目的であろうとも再利用させないようにします。住人には枕木の上を歩くことを禁止し、子供たちも近くで遊ばせてはいけません。

写真6.貨車