浮腫病、サルモネラ対策の落とし穴?!

 −衛生対策に即したゴキブリ駆除の基本−

農場の衛生コントロールを実践する上で、害獣対策としてのカラスなどの鳥類やネズミ対策は重要視されていますが、どこの畜舎にも必ず住み着いていると言っても過言ではないゴキブリが思わぬ悪さをする場合もあることはあまり知られていないのではないでしょうか。衛生害虫として扱われているゴキブリは病原体を運ぶベクターとしての媒介害虫、その姿かたちや行動そのものが不快であるという不快害虫、そして掛け軸や書籍などをかじる経済害虫とされており、また近年ではゴキブリの排泄物や虫体の破片などによる喘息などのアレルギーが人間の健康面において問題視されてきています。畜産の分野ではゴキブリの被害はこれまであまり大きくは取り上げられてはいませんが、F18抗原を持つ病原性大腸菌(離乳後大腸菌症や浮腫病の原因菌)の伝播や、抗生物質への耐性を持つ病原体の媒介に関わっている事が研究によってわかっています。

本来害虫獣の駆除というと専門業者が総合的な調査をもとにいくつかの対策を組み合わせて臨機応変に対応していくものであり、間違ったやり方では同じ有効な薬剤でもただ無駄になっていることが多いものです。畜舎に限らず人間の住環境でもゴキブリを完全に撲滅する、というのは不可能に近いものがありますが、効果的な手法を組み合わせることで、低いコストでゴキブリの生息数を最小限に抑えることは可能です。目に見えない病原体の対策はもちろん重要ですが、目に見えるゴキブリの対策は効果の判定が分かりやすく、またゴキブリの駆除対策ひとつを見直すことでも「問題の本質」を見極めて対策をとる訓練にもなり、ゴキブリの駆除効果以上により高い農場衛生へのステップアップにもつながるでしょう。

ゴキブリによる具体的な害

 一般に問題とされているゴキブリの害とは大体以下の通りです。

 @屋内で増殖し、姿態や行動、習性などが人に深い嫌悪感や不快感を与える

A体表に付着した細菌や汚物、ゴキブリの排泄物などによる病原体の伝播。特に食品を 食べにくることが問題となる。

Bゴキブリの体液や糞、死体の破片などがアレルゲンとなり、喘息などの原因となる。

C食品や薬品、飲食物中への虫体やその破片の混入が社会的なトラブルを引き起こす。

D書籍や掛け軸など、澱粉のりへの食害に伴う被害。家電製品などへの侵入による漏電 や火災や停電、故障などの原因となる。

 畜産現場での害ということになると病原体のベクターとしての役割が最も大きな問題です。例えば、サルモネラ チフィムリウムに暴露されたゴキブリはその後少なくとも4日間は病原体を排出し続けます。サルモネラ エンテリティディスでは10日後から20日後まで、鶏のミコバクテリアは10日間、浮腫病の原因となるF18抗原をもつ大腸菌に関しては8日間菌が保持されると研究されています。

 通常の大腸菌とは違って、子豚は生後10日間まではF18線毛抗原に対するレセプターを腸管内に持たないので、F18抗原を持つ大腸菌が定着する事はできません。ですから、この時期に母豚からの垂直感染と環境中の大腸菌をコントロールし、子豚の消化管にF18抗原を持つ大腸菌を定着させないことが離乳後大腸菌症や浮腫病対策では重要になります。ゴキブリは子豚の糞などを採食してF18抗原を持つ大腸菌を消化管内に取り込んで増殖させます。一度この大腸菌を摂食したゴキブリはその後約8日間にわたり、子豚の糞中に排出される濃度とほぼ同程度の濃度を維持して菌を糞中に排出し続けます。衛生対策が取られた農場でもゴキブリ対策が不十分だと十分な予防効果が得られないことがあるのです。ゴキブリが活発に活動するのは夜間です。人のいなくなった夜の間にゴキブリは畜舎内を徘徊し、汚染された糞を食べ、また病原体を含んだ糞を撒き散らし、子豚にせっせと菌を運び続けてしまうのです。
 それ以外にもゴキブリが大量にいる環境に慣れてしまうというのも問題です。畜舎といえども食べ物の生産現場であり、そこにゴキブリがうろついているというのはそれだけで問題です。

ゴキブリの歴史

ゴキブリは3億年以上前から現在の形態を保って存続する、環境適応力の高い昆虫の仲間です。ゴキブリの仲間は現在世界中で約3500種が知られていますが、大多数は熱帯から亜熱帯の森林に住んでいる野外の昆虫です。そのうち約30種が屋内に生息する害虫とされているものです。日本列島はゴキブリの生息する北限地域で92552種が知られています。

日本でも江戸時代から屋内にクロゴキブリやチャバネゴキブリが生息していたという記録がありますが、ゴキブリが害虫として問題とされるようになってきたのは1950年代ごろからで、建物の保温性の向上や豊かな食生活を背景として全国的な害虫として広がり続けています。これは畜舎に関しても同様のことが言えるでしょう。

ゴキブリの種類と生活

 害虫種として問題となるゴキブリにはゴキブリ科ゴキブリ属のクロゴキブリ、ヤマトゴキブリ、ワモンゴキブリ、トビイロゴキブリ、チャバネゴキブリ科チャバネゴキブリ属のチャバネゴキブリ、その他のワモンゴキブリ、イエゴキブリ、オガサワラゴキブリ、ハイイロゴキブリ、キョウトゴキブリなどがあります。種によって大きさや活動性、繁殖力などの違いがあります。地域や気候による分布は分かれていますが、荷物の輸送やトラックなどの車両、機材などと一緒により遠方から侵入したものが畜舎内の環境に適応して増殖する場合があります。ゴキブリの種類の違いによって対策に大きな違いはありませんが、繁殖周期とそれぞれの畜舎の構造が対策手法の選択に大きな影響を与えます。

 ゴキブリは熱帯から亜熱帯が原産の昆虫なので最も発育しやすい温度は2530℃で、年間を通じて20℃を超える条件下では冬でも活動して増殖します。クロゴキブリとヤマトゴキブリは温帯の季節変化に適応した種類なので、冬季はエネルギーの消費を最小にした状態で、物陰などで休眠して過ごします。

 ゴキブリは好適条件下では卵で約2030日間、幼虫期間が13ヶ月、成虫の生存期間が35ヶ月、一世代が約半年といわれています。メスは成虫になるとすぐに交尾をし、1回の交尾で生涯受精卵を産み続けます。トビイロゴキブリ、ワモンゴキブリ、ハイイロゴキブリ、チャイロゴキブリなどは交尾を必要としない、単性生殖でも増殖できます。メスは一生涯に200400個の卵を産みますが、増殖力で言うと、80%の生存率としても1対の成虫が三世代目で12,800匹にも増える事になります。

 ゴキブリの幼虫は成虫と体型が似ていて、脱皮を繰り返して成長し、蛹のステージを経ないで成虫になる不完全変態の方式をとります。ゴキブリの成虫でもオスは羽が発達しますが、メスは種類によっては羽根が退化しているものがあるので、尾部に卵鞘がついていない限りは成長した幼虫との区別がつきにくい場合があります。

 ゴキブリは人間の食べるものなら何でも、さらに生ゴミや紙、汚物まで何でも採食します。何種類もの食べ物があるところでは好みの物を多く食べる傾向がありますが、ある期間同じ餌を食べ続けたら新しい餌に次々と食べ物を変えていく習性があり、このことが食毒剤の「食べ飽き」による駆除の問題となります。

 ゴキブリは他の昆虫類などと比べて天敵は少なく、ゴキブリコバチやアシダカグモなどがわずかに知られています。ゴキブリコバチはゴキブリの卵鞘に産卵し、幼虫は卵鞘の中で発育して卵を破壊します。アシダカグモは巣を作らずにゴキブリを捕食するクモですが、ハイイロで大型のクモなのでむしろゴキブリよりも気持ち悪がられる場合もあります。ゴキブリの天敵に関してはまだあまり知られておらず、またチャバネゴキブリに対する天敵はまだ分かっていません。

駆除を始める前に

 駆除を始めるに当り、ゴキブリの生息場所を確認する必要があります。糞や卵鞘、脱皮した殻、虫体の目視確認でゴキブリの集まる場所を探します。目の届かない隙間の奥などではエアゾールの殺虫スプレーを噴射して飛び出すゴキブリの有無で確認します。

 また、生息密度も調べる必要があります。粘着シートなどを防除区域内になるべく多く設置し、一度に捕獲できたゴキブリの数の増減によって生息密度の変化を判断します。これは同時にゴキブリの生息場所の確認にもなります。目視による確認だけではゴキブリはわずか数匹が視界に入っただけでも「いる」と判断されますし、一日の時間帯によってもゴキブリの活動内容は変化します。粘着シートなどのトラップを使って捕獲数を確認する事が正確な駆除効果の判断につながり、また対策そのものへのモチベーションの維持にもつながります。粘着トラップは必ず決めた所に設置しなければなりません。


   
   粘着シートを仕込んだトラップをゴキブリのサインがある所に仕掛ける


  
    駆除を始める前にトラップにかかったゴキブリ                  駆除を開始してからトラップにかかったゴキブリ


防除対策

 ゴキブリの防除には環境改善、物理的な対策、化学的な対策があります。

1)環境改善

 ゴキブリは5oほどの隙間を最も好みます。ゴキブリが好んで生息するところを無くすためにも畜舎内の清掃・整頓を心がけ、不要な物品を出来る限り排除しましょう。こぼれた餌はまめに掃除し、紙袋の人工乳などはゴキブリの侵入を防ぐために必ず口をきっちりと閉める、もしくは密閉できる容器に移すようにします。これはゴキブリ対策というだけでなく、餌の汚染を防ぐという点でも重要です。

2)物理的な対策

 これは環境改善ともあわせて生息場所の整備という事も含まれますが、バタートラップや粘着シートなどによる捕獲という事も含まれます。実際の防除対策という点では限界があるので、他の駆除法と組み合わせて実施します。

3)化学的な対策

 ゴキブリの駆除剤としてさまざまなものが入手できます。使用方法によって選択する薬剤が違い、またそれぞれに特性があるので薬剤の性質を理解して、効果的に使用しなければなりません。

 1)残留処理

  ゴキブリは夜間活動して昼間は潜伏しています。潜伏場所から出回るルートに薬剤を散布し ておく事でゴキブリの皮膚から薬剤を吸収させ、殺虫します。有機リン剤やカーバメイト剤が あり、また薬の形態として乳剤、懸濁剤、スプレー型の塗布剤などがあります。卵鞘には薬剤 は浸透しにくいので、12ヵ月間隔で使用します。ゴキブリの通らないところに使用しても駆 除効果は出ないので、事前の生息場所を参考にしなければなりません。もちろん豚の手(口) の届かないところでのみ使用しなければなりません。

2)空間処理

  燻煙剤や加熱蒸散剤などの空間に微粒子やガスとして噴霧し、ゴキブリに吸入させて作用し ます。即効性で、一度に大量に駆除する事が出来ますが、効果は一過性で残留効果はありませ ん。有機リン系、ピレスロイド系などがあります。オールアウト後の清掃に組み合わせても有 効ですが、他の豚房との換気システムの流れやガスの浸透をチェックして、殺虫剤が豚に影響 を与えない事を確認しなければなりません。

3)食毒剤

  古くから使われているホウ酸団子をはじめさまざまな毒餌剤が入手できます。ゴキブリに食 毒剤を効果的に食べさせるためには、ゴキブリに他のものを食べさせないように餌となるもの を出来る限りゴキブリから遠ざけるようにする必要があります。ゴキブリ用の食毒剤の特徴は ゴキブリが十分に致死量を取り込ませるために効果の発現がゆっくりしているという点です。 また、ゴキブリの食い飽きを防ぐため、附形剤にさまざまな工夫が凝らされています。

 ヒドラメチルノン製剤はゴキブリの体内ではほとんど分解されずに効果を維持し、摂食した ゴキブリの死体や糞を他のゴキブリが食べても殺虫作用を発揮するという「ドミノ効果」があ り、少量の薬剤で大量のゴキブリを、また配置した場所から遠く離れたすみかのゴキブリをも ターゲットにすることができます。

   食毒剤は最も手間のかからない方法ですが、薬剤が遅効性なので効果が出始めるまでには最 短でも35日かかり、駆除効果が現れるまでにはさらに数週間の時間が必要です。ゴキブリで よく見られる食い飽きなどの問題もあるので、定期的に生息密度調査をするなど駆除の判定を して効果を見極めなければなりません。もちろん、薬剤は豚の届かないところに配置しなけれ ばなりません。

ゴキブリ駆除の落とし穴

ゴキブリを対象としていない食毒剤の中にもゴキブリに対して即効性の殺虫効果を発揮するものもあります。しかし、即効性の薬剤には「ゴキブリが致死量を食べきる前に、気持ちが悪くなって食べるのをやめてしまう」「食べるゴキブリと食べないゴキブリにバラツキがあるので、食べないゴキブリだけが選択的に生き残り、駆除効果が落ちる」などの問題があります。遅効性のゴキブリ専門駆除剤と比較して、目に見えるところでゴキブリの死体が見られる即効性の薬剤の方が「駆除した気になる」場合もありますが、こういうものの効果は一時的な場合がおおいものです。

また、同じ有効成分の製品でも附形剤の種類によってゴキブリの食べ飽きの発現には違いがあり、駆除効果の持続性にも違いが出る場合があります。無駄な薬剤の出費を抑えるためにも事前のゴキブリの生息調査と継続的なモニタリングによる駆除効果の判定が必要です。


   

ゴキブリ駆除薬の法規制

 殺虫剤には農薬、医薬品、医薬部外品、動物用医薬品、動物用医薬部外品、その他の雑貨品の6つに分類されています。農薬はあくまで農作物や果樹、樹木などを虫から守るためのものですから、ゴキブリ駆除の目的では使用できません。また、医薬品や医薬部外品は厚生労働省管轄の薬剤なので農林水産省管轄の動物用医薬品、動物用医薬部外品とは異なった扱いとなります。その他の雑貨品とはこれらの分類には入らない生活害虫用の薬剤のことをいい、さまざまな種類のものが市販されています。

 現在のところ、動物用医薬品、動物用医薬部外品ではゴキブリ駆除薬として登録されているものは残念ながらなく、前述のヒドラメチルノンなどは医薬品として区分されているため獣医師の指示による用途外使用、もしくは害虫駆除の専門業者による使用などで対応しなければなりません。たとえゴキブリの駆除といえども、薬剤は適正な使用を遵守しなければなりません。

 ここまでゴキブリの駆除について説明してきましたが、ゴキブリの駆除も疾病のコントロールも農場の衛生マネージメントの観点では同じように重要です。ゴキブリの駆除も徹底的に行いそれなりの効果をあげるためにはきちんとした計画を立て、実行しなければ達成できませんが、駆除効果の判定はトラップに引っかかるゴキブリの数の増減などで比較的簡単に判定できます。計画がうまく動けばゴキブリは減り、間違いや手抜きがあるとゴキブリは減らない、とてもシンプルですが効果の判定が分かりやすいというのは実行する側としては張り合いが出ます。農場の衛生レベルとスタッフのモチベーションを高めるためにも、ゴキブリの駆除をテーマに掲げるのも一石二鳥のアイデアです。



(注:本資料はピッグジャーナル2008年8月号に掲載された記事を元にして再編したものです)




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