実践!育成豚からの採血

 5月に入るとこのホームページのアクセス数が若干増えます。おそらく、家畜保健所等で豚の担当に配属された職員さんが、いよいよ豚の採血に行かなきゃならなくなって・・・ということかと思います。豚や鶏の担当は若手の職員が回されることが多いと思いますが、日本の獣医の大学で豚の実習ができるところなんて今じゃほとんど無いので、それまで豚を触ったことが無い人がほとんどだと思います。そこで、そんな方々に役立つような実践的な内容をひとつ、ここで紹介しましょう。

道具の選択、準備

 養豚場に入るにあたり、伝染病の侵入を防ぐための防疫を徹底しなければなりません。PRRSや浮腫病、グレーサー病など清浄な農場に侵入したときに莫大な被害が発生するし、マイコプラズマ性肺炎など一度侵入されると清浄化ができず、ずっと農場の生産性に影響を与え続ける病気もあります。獣医師というのは農場側からみると、病気の豚を見て歩くもっとも油断のならない人種です。ましてや、健康な豚の定期検査で病気を持ちこまれたとなってはたまったものではありません。胸を張って「私は大丈夫です!」と言えるように万全の対策、準備でのぞみましょう。訪問前に電話で農場の防疫マニュアルについて確認しておくことも重要です。大農場では特に車の駐車場所、靴の履き換えや着替え、シャワーのポイント、持ち込み資材の確認と取り扱いが必要です。他の農場に立ち入ってからどれくらい間隔をあける必要があるか、ダウンタイムを設定している農場もありますし、持ち込み資材のホルマリン燻蒸のため、事前に郵送するよう求められることもあります。また、農場に入る時だけでなく、出るときに持ち出さないようにすることも重要です。「○○農場からうつされた!」なんて噂が地域に広まったりしたら、どちらの農場主にとってもたまったものではありません。

 豚の採血に必要な道具はそれほど多くありません。鼻保定の器具、消毒用のアルコール綿、採血用の注射器と真空採血管、マーキング用のスプレーまたはクレヨンが必須で、他にプラスチック手袋などの衛生資材を必要に応じて準備しましょう。大農場であれば健康診断用にすべて揃えてあることもありますが、無ければできるだけ使い捨ての資材で対応します。使い捨ての弁当容器など資材入れに重宝します。

 鼻保定の器具にはハンドル式の大型のものとワイヤー器具があります。どちらも豚の鼻をワイヤーで縛って豚を抑えるだけの器具ですが、初心者だと柄のついたハンドル式の方が豚を捕まえやすく、また力も入れやすいので扱いやすいですが、狭い豚房では小回りが利かないとか、ワイヤーがあまり小さく閉まらないタイプでは育成豚だと抜けやすいこともあります。ワイヤー式は豚を捕まえるときとワイヤーをほどくときにコツが要りますが、慣れれば締まりも良いので使いやすくなるでしょう。豚の動きに慣れれば、うまく豚を“釣れる”ようになります。農場にはどのタイプがあるかわからないのでどれでも使えるようにならなければなりませんが、自分で準備するならオートクレープにかけられるワイヤー式一択です。

 豚の皮下注、筋注では注射部位を消毒をすることはほとんど無いと思いますが、採血のときには必ず使うようにしましょう。これは豚の採血部位が汚れていることが多いこと、そして頚部の深くまで針を刺すため、致命的な膿瘍を形成してしまう恐れがあるためです。また、保定で興奮して血圧が上がって出血がなかなか止まらないこともありますが、採血後に消毒を兼ねてアルコール綿で少し強めに押さえれば避けることもできます。採血の現場では手や資材が汚れてもなかなかその場で洗うことはできませんが、こういうときもアルコール綿が少し多めにあれば便利です。

 採血用の注射器も実はいろいろあります。真空採血管を針のついたホルダーにつけてとるやり方もありますが、私はあまり豚の採血では好みません。これは牛やヒトの場合のように血管を確認して採血するときにはいいのですが、豚では血管が確認できないので手ごたえが無く、針を刺しても血液が採れなかった時、@針が血管に当たらなかったのか、A手際が悪くて採血管の圧力が抜けてしまったのか、B針が詰まったのか、わからないためです。もちろんほとんどの場合は@の針が当たっていないということなんでしょうが、採れないときにはこちらも頭に血が上って道具を無駄に交換するなんてこともありがちです。その点、スタンダードな注射器は血液のとれる感覚がわかるので安心感があります。
 豚の採血用に栃木精工の採血用コンテナがあります。これは10mlのシリンジと針がセットになったものですが、採血後にそのまま血清分離のために遠心分離機にかけられる採血管としての機能も備えたものです。私はよく使っていましたが、ただセットの針が7cmまたは10cmと長いため、頚静脈からの採血では市販の18G11/4インチの注射針に換えて使っていました。ホルダーを使う場合も18G11/4の注射針を用いますが、この長さだと針の根元近くまで刺したポイントで採血できることが多く、針の刺入の深さについてそれほど考えなくてもすむから楽です。長い針は前大静脈からの採血には不可欠で、慣れれば頚静脈からの採血にも問題ありませんが、シリンジの長さに7cmの針が加わると結構扱いにくいので初心者の方には短い針をお勧めします。18Gの注射針と一般の10mlのシリンジを使っても全く問題ありませんが、真空採血管に移すひと手間が加わります。

 育成豚は群飼いされているので、採血の終わった豚をマーキングするための準備が不可欠です。どこの農場でもスプレーが置いてありますが、牛用のマーキングクレヨン(ロタスティック)などを3cmくらい切ったものがあると20頭くらいの採血では使い捨てできて便利です。赤か青色が目立つのでお勧めです。

保定

 豚の採血の成否は保定がうまくできているかによって決まりますが、これは豚が動かなければいいというのでは不十分で、豚が適切な姿勢をとっているかが重要なポイントになります。というのは、豚の採血は血管を確認して針を刺すわけではなく血管があるところを予想して針を刺すため、ちょっと豚の首が傾いていたりすると針先が狙いたい位置とずれてしまうので採血がうまくいかなくなるからです。ですから、うまく採血しようと思ったらまず豚を正しい姿勢で保持してもらうことが必要です。

 上の写真はワイヤー保定器で豚を保定してもらっているところです。豚の保定を農場の方にお願いしたとき、豚の押さえ方にあまり文句をつけにくい・・・などと思ってはいけません。うまく保定してもらった方が豚の苦痛も少なく、採血の時間も短くてすみ、さらに適切な指示をすることで農場の方にも安心感を与えることができ、また自分も気持ちを落ち着かせることができます。それでは写真を見ながら保定の確認ポイントを見てみましょう。
 まず、ワイヤーのかけ方がかなり浅いです。これだと採血の最中に外れてしまうことがあるので、もっと深く掛けてもらうようにしなければなりません。次はお尻が壁に当たって背中が丸くなっているのが気になります。豚を2、3歩前に歩かせて、背中がまっすぐ伸びるようにしてもらいましょう。それが改善できたら、前足が平行になっているかを確認します。この豚舎は床が平らですが、場所によっては少し段差があるところもあるので、できるだけ前足が左右揃っているように立たせましょう。
 最後に保定する人の疲れや癖で豚の首が片側に引っ張られている場合があるので、豚がお尻から鼻先までまっすぐ伸びているかを確認します。

 上の写真が私の採血のスタイルです。まず、保定者に向かい合うように豚にまたがります。豚にまたがって見ると、豚の首がまっすぐ伸びているかよくわかり、また少し曲がっていたり低いと思えば鼻先のワイヤーを持って簡単に修正することができます。特に直すことが無くても、気にするそぶりをすると保定する人も気を使ってくれるようになります。

 首の位置が決まったら、写真のように豚の首を抱えて針を刺します。豚の前から針を刺す場合、特に小さい豚では手元が窮屈になったりしますが、このやり方では手首の自由度が大きく、また豚が動いた時も楽に対応できます。この時注意することは、手元だけ見ていると針の角度が傾きすぎていることがあるので、なかなか採れないときは床面に対する注射器〜針先の角度を見て刺入角度を再確認しましょう。
 以上が私の紹介する採血のテクニックです。どうですか、皆さんうまくやれそうですか?オーエスキー病や豚コレラの定期検査だと、1農場で採血する頭数が14頭ほどと少ないので、新人さんが豚の採血に馴れるまでには何農場も経験する必要があると思いますが、ここで紹介した内容を頭に入れておけばテクニックの習熟が早いと思います。しかし、一番気をつけてほしいのは、あまり緊張しすぎず、採れなくても頭に血を上らせないことです。先輩方だって、初めていく農場は緊張しますし、中には何度刺しなおしてもうまく採れない豚もあります。その日、最初の採血が一発でうまくいけば波に乗れますし、最初で手こずれば誰でも焦ります。結局、百発百中の手技ではないからこそ、如何に失敗につながる要素を少なくするかが重要なのです。
 しかし生産者や農場の方々にとって、失敗は豚の負担と時間がかかるばかりで決して気分の良いことではありません。一度で採れなくて、刺し直しする時、いちいち「すみません…」などと誤っていたら不信感が重なって、しまいには「ちゃんと練習してから来い!」と怒鳴られてしまいます。少々失敗したって、「この豚は少し血管が内側を走っているんだな…」などうそぶくくらいのしたたかさで乗り切ったほうがお互いの幸せです。
 あと、なかなかうまくいかないときは豚房を変えるのも一つです。同腹の豚は似たような体型なので、血管の走行が採りにくいこともあるのかもしれません。もし他の豚房も選べるなら、気分転換も兼ねてさっさと他に移りましょう。また、採血対象の月齢が4〜5カ月齢と幅がある時、なるべく大きな豚を選んだほうがマトが大きいので失敗が少なくなります。保定者に気を使ってなるべく小さい豚を選ぶと自らドツボにハマりかねません。農場によっては5カ月齢から出荷豚が始まりますが、出荷間際の豚では出血痕が瑕疵になることもあるので、そういう場合は出荷まで2週間くらいは余裕のある豚を選びましょう。
 さあ、それでは皆さん頑張って行ってらっしゃい、豚によろしく!


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